神在祭で行われる会議 ”神謀り”とは?『神々はなぜ出雲に集うのか?』

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神在祭で行われる会議 ”神謀り”とは?『神々はなぜ出雲に集うのか?』

【補足】出雲大社の「神在祭」が、どうしても旧暦の10月でなければダメな理由とは?

神在祭で八百万の神々が、国津神の大神である大国主大神と行う会議には呼称が存在し、一般的に「神謀り(かむはかり)」と呼称されています。

この神謀りが執り行われるのは、島根県・出雲大社の御本殿ではなく、実際は出雲大社の境外にある「境外摂社・上の宮」と言う社殿になります。

上の宮では、日本各地の神々の総称である「八百万の神」が、自らが鎮座する土地の様々な縁結びについて大国主大神やその他の神々と話し合います。

「今年は誰と誰を引っ付けようか・・?この前は珍しく高級酒をお供えしてきよったからのぅ。ふぉっふぉっ。仕方ない今年こそアヤツを導いてやるか。ふぉっふぉっ。..ブツブツブツブツ」

・・などといったような話し合いが7日間もの間、行われます。

神々はこの7日間、上の宮で会議(神謀り)を行いますが、宿泊される宿が出雲大社の境内に用意されており、その宿泊施設が「境内摂社・十九社」になります。

つまり神々は上の宮と十九社の間を7日間、行き来することになります。

摂社・上の宮に関しては当サイトの以下↓の別ページにてご紹介しております。

大国主大神のもとに神々が集う理由

理由その1.『幽冥主宰大神』

ここで疑問が出てくるのですが、なぜ、大国主大神のもとに日本各地の神々が集うのでしょう?

実はこれには人知を超越した理由があったのです。

かつてイザナギ神とイザナミ神が日本大陸を生み出し、後、まだ日本という国が更地に近い状態の頃、大国主大神が日本を繁栄させ1つの国にしました。

つまり大国を創った主ということで、「大国主」と名づけられています。

後、繁栄した日本(葦原中つ国)を「私の子孫が治めなければならない」と神宮(伊勢)に鎮座される天界(高天原)の大神「天照大御神」が下々の神々に宣言されます。

そして下々の神々と大国主と間に交渉が成立し、大国主は繁栄させた日本を譲ることになります。(国譲り)

その際、大御神は大国主にこう告げられました。

「あなたは私の子孫に国を譲る代わりに、天をも貫く大神殿を授けましょう。そして、あなたは幽れたる(隠れたる)日本の神々の事を治めなさい。」

これを承諾した大国主は、日本全国の神々である「八百万の神々」を束ねる「神の中の神=”大神”」という位置づけになります。

以上のことから、日本中の神々が自分の土地の1年の取り決め(縁結び)を行うための会議をしに、大国主大神が鎮座する出雲へ集うということになります。

なお、「幽れたる(隠れたる)」とは、神道の世界では「現世(うつしよ)」と「幽世(かくりよ)」という2つの世界観があり、現世は「現代社会」、幽世は「人の目には見えない神々の世界」とされています。

大国主大神の別名に「幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)」という名前がありますが、これは『幽冥(ゆうめい/=幽世の事)にいる神々を主宰する神の中の神』という解釈になります。

八百万の神々がなぜ”800万”などの理由については以下の別ページでもご紹介しています。

理由その2.『イザナミ神がこの世を去った日だから』

また、もう1つの伝承としては、イザナミ神が旧暦の10月、つまり現代の11月から12月初旬あたりにこの世を去ったと云われ、そのイザナミ神を偲ぶために日本各地の神が出雲に集うとされています。

日本各地の神々が出雲に集う理由は、出雲と鳥取の県境である安来市に埋葬されたと伝えられているためです。

イザナミ神と言えば、「神産みの神」とも称され、現在のほとんどの神々はイザナミ神とイザナギ神から産まれたとされています。

この伝承から大いなる母であるイザナミ神を偲ぶために日本全国から神々が出雲に集うとされています。

そして、この伝承と上述の神送りの伝承とが習合し、いつしか出雲では神在祭のことを「お忌みさん」とも呼ぶようになっています。

理由その3.『神送りの月』

現在、日本中の多くの神社では「新嘗祭(にいなめさい/しんじょうさい)」と呼ばれる最大の祭典が例年、11月23日(旧暦・陰暦では10月)に執り行われています。

この新嘗祭が行われる前の月を別名で「神送り(かみおくり)の月」や「田の神送りの月」などとも呼称され、これはその翌月となる11月の新嘗祭に「新酒を醸造する月」という意味合いも込められているとされています。

この意味の由来としては、古来、田畑には「田の神」が宿るとされ、秋の収穫が済んだ後、山へ帰られるとの伝承があるからです。

しかしこれに付随した伝承として、次のような伝承も残されています。

『実際は山へ帰られるのではなく、実は出雲へ集い、”神議リ(かむばかり)”に参加される』

よって古来、出雲地方では新嘗祭の時期を「物忌み(ものいみ)の月」とも称し、神々を迎えるために、踊りや大きな音を出すのを慎み、「静かに過ごす」という慣わしが伝承されています。


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室町時代に八百万の神々が集ったのは出雲大社ではなかった?!

神在祭は古来、この島根県出雲大社で執り行われているものと認識されていますが、室町時代の古書物「詞林采葉抄(しりんさいようしょう)」によれば、室町時代、日本全国から神々(八百万の神々)が集うのは島根県出雲大社ではなく、なんと!同じ島根県でも佐太神社(さだじんじゃ)であったことが記されています。

佐太神社(旧称・佐陀神社)では古来、「神在祭ではなく”じんざいさい”」と呼ばれ、「お忌みさん」や「神等去出(からさで)さん」などの別称でも親しまれています。

えぇっ!?”神無月”と呼ばれるのは神様が出雲に集まっているから・・は嘘だった?!

同様に後世に伝わった話としてこんなお話があります。

日本中の神々が出雲に集まるために「各地の神様が留守になる」というのは「出雲御師(おし/日本中を歩きまわって出雲大社を広める活動をする神職)」たちが広めた噂(デマ)だと云われております。

また冒頭で述べたように、日本の各地には「留守神(るすがみ)」と言う神がいて、留守神だけは自分の土地を動かずに守っているとも云われます。その留守神というのが「恵比寿神(えびすしん)」だと云われ、現に日本各地の恵比寿神を祀る神社では「えびす講」と呼ばれる祭典が執り行われています。

その他、えびす講に類似した「酉の市(とりのいち)」も庶民に深く根ざした信仰であり、旧暦10月に日本中の神々が出雲に集っているにもかかわらず、なぜか御祭神の神々は日本各地の土地で盛大に祀られています。

これでは辻褄が合わなので、これは後世において都合に良いようにシナリオ(伝承)が創作されたとも考えられます。

しかし実際のところ日本各地の神様は動くことなく、常にその土地に鎮座されて地域を見守っているという見方が色濃く残っているのも確かです。

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