出雲大社の神在月・神無月の由来や意味と歴史を….知るつもりぃ❓

スポンサードリンク

神在月とは、いつのこと?

出雲大社の神在月はいつ?「神在月・神無月の由来・歴史・意味」

もう、すでにあなたもご存知のとおり、神在月は、「旧暦の10月」です。

ではいったい、旧暦と現在のカレンダーとの関係はどのようなものなのでしょうか。

現在のカレンダーは、太陽の動きをもとにして作られた「太陽歴」でできています。

現在のカレンダーは、太陽の動きをもとにして作られた「太陽歴」でできています

太陽の動きとは、太陽が登って、沈んで、また登って・・のこの動きです。

太陽の動きは、四季において、まったく違う動きをします。

夏は、太陽が近い分、昼間が長く感じられ、暑い日々が続きます。

しかし、冬は真逆で、夏に比べ薄暗い印象で、寒いです。

すなわち、これは地球が太陽の周りを1回転しているから、このような現象が起こります。

しかし、古代では地球が太陽の周りを回っていることなど誰も信じようとはしませんでしたし、誰も知りませんでした。

そこで古代では太陽の動きと、さらに月の満ち欠けをも計算に入れて、1日の月と太陽の動きで暦を作っていました。

これが「旧暦」と言われるものです。

この旧暦は「月が”新月”になる日を、月の始まり」としています。

そして次の新月の日がめぐってくると、その日を次の月の1日としています。




新月とは?

昔の新月の定義とは月が見えていない状態のことをいいました。

古来では、新月とは、月が見えていない状態のことをいいました

つまり、月が太陽の方角にあって、太陽の光が月の光よりも強く、月が消えたように見えるのです。

古来では、この月が見えていない状態を、目印として「新しい月の始まり」としていました。

余談ですが、逆に満月とは、月が太陽の真逆の方向にあるので、月の光(形)がそのまま反映されるので、月が丸く見えるわけです。

後の世で気づいた!!旧暦策定の決定的なミス

この旧暦の方法では、1カ月の平均日数は約29.5日になります。

すなわち、これが1年ともなると、なんと!!1年で約11日もズレができてしまうのです。

この対策のために、旧暦では約3年に1度ぐらいの頻度で、1年を13カ月にして調整していました。

このような理由から、同じ日付でも旧暦と現在のカレンダーでは、年ごとに違う日付になっていくのです。

ちなみに、旧暦の10月は、現在の10月下旬から12月上旬ごろになります。

平成27年度の神在祭は、「旧暦10月11日・15日・17日 = 平成27年11月22日・26日・28日」に行われます。

神無月(かんなづき)とはいつ?

神無月とは?

旧暦の10月は「神無月(かんなずき)」と呼ばれています。

神無月(かんなずき)に関して由来は、以下のようなものがあります。

日本全国の社はもとより、自然の物や、その自然の恵みから造られた物には、神が住んでいると言われいました。

例をあげますと、「木」「土」「川」「山」「田んぼ」「海」、「馬」「猿」「うさぎ」、「台所」「屋根」「トイレ」など、その神々を数えると、800万もの神々がいるそうです。

この神々を日本では、古くから、こう呼んでいます。

八百万の神=やおよろずのかみ」と。

旧暦の10月は「神無月(かんなずき)」と呼ばれています。

この800万の神々は、年に1度だけ会議を行い、世の中の事について話し合うことが決まっています。

その会議の場所と言うのが、地上でもっとも偉い、神様の神様である「大国主大神」が鎮座する出雲だったのです。

そのため、日本の各地に神がいない月として「神無月(かんなづき)」と表現とされているのです。

・・ところでさぁ、どっこいさぁ、八百万の神々は、本当に800万人にいるの?

これには、色んな説があります。

しかし、遠い昔では、数が計り知れないほど多い、数が計り知れないほど大きい・・などと、いったことを例えて「八百万(やおよろず)」と呼んだそうです。

したがって、本当に800万もの神様がいるかどうかは、現在でも不明なのです。

しかし、ものすごい数の神様だと言うことに変わりはありません。

だとしたら、本当に800万の神様がいるかもしれないし、800万以上の神様がいる可能性だってあるワケです。

じゃあ、神在月とは?

日本全国の土地に神様がいない月は「神無月」と言います。

逆に、「神在月」とは、神様が在る月と書きます。

しかし本来、神在月と言う言葉はないのです。

神無月=全国に神様がいない月に、出雲では八百万の神々と大国主大神との会議が行われます。

つまり、神在月とは、出雲地方にだけに伝わった語呂合わせのようなものが、いつの日か、出雲の地を訪れた旅人や神主たちにより、土産話として、日本の各地に広まったものだといいます。

よって、この語呂合わせのようなものが、今日の「神在月」と言う言葉の語源であったと言われています。

神在月とは、出雲地方にだけに伝わった語呂合わせのようなもの

この神在月の歴史は古く、平安時代後期の歌学の書「奥義抄(おうぎしょう)」には、出雲に神様が集うことが記載されています。

しかし、この由来に関しては、色々な言い伝えが残っているのも事実です。

その中の1つとして、こんな伝承もあります。

単に日本全国の神社では、平均して10月に行事予定が少ない。だから、ただ「神無月」と呼んでいる。

とも言われています。




神在月に、出雲大社に八百万の神々が集まり会議をする「2つの理由」

【補足】出雲大社の「神在祭」が、どうしても旧暦の10月でなければダメな理由とは?

この理由は諸説あってはっきりしていません。

しかし、ここで代表的なものを、2つだけご紹介します。

出雲大社に八百万の神々が集まり会議をする理由【その1】

出雲大社に祀られている大国主神は、天界の「天照大御神(あまてらすおおみのかみ)」に、地上の「とある国」を譲ってしまいました。

しかしその代わりに、天照大御神から「神の世界」や、「心・精神世界」、「死後の世界」を治めることを許されました。

これらの世界を治めるのは、まだ世界を治めた経験の少ない大国主神は、他の神々にうまく治める方法を相談をすることにしました。

そのため、年に一度、旧暦10月に、全国の神々を出雲に集めて会議を開いたという説です。

出雲大社に八百万の神々が集まり会議をする理由【その2】

日本神話で言われている説です。

それは、神々の母である「イザナミ」が、旧暦10月に亡くなりました。

そして、イザナミの亡骸は、出雲の国境にある山(現在の島根県安木市)に埋葬されました。

このため、旧暦10月には、日本全国の神々が、イザナミの供養(くよう)のために出雲に集まるというものです。

関連記事一覧

スポンサードリンク -Sponsored Link-


当サイトの内容には一部、専門性のある掲載がありますが、これらは信頼できる情報源を複数参照して掲載しているつもりです。 また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。