出雲大社(IZUMO-OYASHIRO)・拝殿(HAIDEN)

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出雲大社(IZUMO-OYASHIRO)・拝殿(HAIDEN)

出雲大社(IZUMO-OYASHIRO)・御仮殿(OKARIDEN)

創建年

1519年(永正16年/室町時代)

高さ

13m

建築様式(造り)

切妻造り
妻入

造営者(発願)

尼子経久

出雲大社・拝殿の読み方

出雲大社・拝殿は「はいでん」と読みます。

また、御本殿の修造(しゅうぞう/修善・修理)の際に主祭神であらせられる「大国主大神」の御神体を一時的に奉安しておく仮の本殿にもなることから「御仮殿(おかりでん)」とも呼ばれます。

なお、拝殿や御仮殿は出雲大社だけにあるもの特有のものではなく、日本全国のあらゆる神社にもあるものです。

拝殿の役割

拝殿とは、御本殿の前に建てられた「お祈りを捧げるための神聖な場所」です。

出雲大社の場合、御本殿が拝殿の向こう側にある八足門の、さらにその奥にある楼門の奥にあって、かなり距離が離れているのである意味、遥拝所(ようはいじょ)ともいえます。

なお、出雲大社でご祈祷を申し込めば、一般参拝者は立ち入ることのできない八足門の内側で参拝することができます。

出雲大社・拝殿の歴史

出雲大社の拝殿は、1519年(室町時代/戦国時代)に出雲守護代の尼子経久の発願によって造営されています。

しかし、1953年(昭和28年)5月に「庁の舎(ちょうのや)」などと共に、不慮の火災(餅つき場の残り火)で焼失しています。

当時の出雲大社は火災保険に加入していなかったため、日本全国の崇敬者からの寄付金を約1億円集めて、1959年(昭和34年)5月に再建に成功しています。

平成20年(2008年)から平成25年(2013年)まで、御本殿の改修工事が行われている期間、この拝殿は主祭神である大国主大神が一時的に鎮座される仮拝殿でした。

このため平成20年に御神体を御仮殿(おかりでん)に遷す「仮殿遷座祭」が執り行われ、平成25年5月までは、従来の「拝殿」を「御仮殿」と定めて、そこに御神体をお祀りしていました。

御本殿と瑞垣内の修造が完了した平成25年5月10日の新月の夜7時から御神体を御本殿に遷す「本殿遷座祭」が執り行われ、「御仮殿」は元の「拝殿」に戻っています。

出雲大社・拝殿の見どころ

まず、参道を通り抜け、最後の銅の鳥居をくぐると、大きな「注連縄(しめなわ)」が、飾られた拝殿があります。

出雲大社・御仮殿(拝殿)の見どころ出雲大社の神楽殿にも同様の「大しめ縄」がありますが、実は、御仮殿(拝殿)の大しめ縄は、神楽殿の注連縄(長さ13m、太さ8m)に比べると半分程の長さとなります。

神楽殿の大しめ縄は日本最大とも云われていますが、通常の神社の注連縄と異なる点があります。

異なる点とは、注連縄を張る向きが一般の神社とは逆になっていることです。

注連縄は作り始める「綯始(ないはじめ)」は太く、「綯終(ないおわり)」は細くなります。

そして、向かって右側が太く、左側が細い向きに張られますが、出雲大社ではこれが逆向きになっています。

注連縄が太すぎるため、しっかり見ないと判りづらいですが、是非、確認してみてください。

出雲大社の大注連縄の向きが一般の神社と逆向きになっている理由

出雲大社の大注連縄の向きが、一般の神社と逆向きになっている理由出雲大社・神楽殿と同じく、この御仮殿(拝殿)も大しめ縄の向きが逆向きに作られています。

大しめ縄が逆向きになっている理由は、神社神道では神様に向かって右方を上位としているそうですが、出雲大社では左方を上位としているためと言われています。

出雲大社が左方を上位としている理由は、御本殿内の客座五神が祀られている場所の、上位の神様は左に祀られているそうです。

すなわちこの御本殿の様式に倣い、注連縄の張りかたも逆になったと言われています。

出雲大社・拝殿(御仮殿)の場所(地図)

出雲大社の拝殿は勢溜の鳥居から参道を直進し、銅鳥居の真正面の建物です。

関連記事: 島根県・出雲大社の境内の詳細「案内図(地図・マップ)」(ダウンロード可能)

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