出雲大社「西⇔東」神饌所【重要文化財】
創建年
- 1744年(延享元年/江戸時代中期)
大きさ
- 桁行三間(約5.5m)
- 梁間三間(約5.5m)
建築様式(造り)
- 入母屋造
- 妻入
屋根の造り
- 檜皮葺
重要文化財指定年月日
- 2004年(平成16年)7月6日
出雲大社の神饌所の読み方
神饌所の読み方は「しんせんしょ」です。
西側と東側にある神饌所の役割
そもそも「神饌所」の「神饌」とは、神様にお供えするためのお酒(お神酒)や食事のことです。
すなわち、「神饌所」とは、神様へのお供え物を準備するための建物になります。
たとえば、元旦(正月)に、ご本殿の神前に供える「若水(わかみず)」は、年末の「御饌井祭(みけいさい)」で準備した後に「神饌所」で元旦まで保管されているそうです。
「若水」とは、年初となる元旦に初めて汲む神聖な御水になります。
「御饌井祭」とは、拝殿の西側に位置する垣根に囲まれた「御饌井(みけい)」と呼ばれる井戸で例年、11月17日に執り行われる神事です。
出雲大社・神饌所の内部
「神饌所」は楼門をくぐった玉垣内の両脇に位置し、神への供え物(神饌)を調製するための建物であることから、出入口は御本殿と行き来しやすいように本殿側(北側)に設けられる。
建物の内部には、神様への供物を載せるためのテーブル類や、座布団、ござ等が直ぐに取り出せるように整理して仕舞われています。
なお、御饌所の壁板の裏側から、大国主大神などの墨絵が見つかっています。
江戸時代の宮大工が、造営の合間に描いたものだと思われます。
ちなみにこの墨絵は、古代出雲歴史博物館にて2011年(平成23年)10月17日〜12月17日の間に展示されています。
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少し屋根の造りが異なる東西の神饌所
神饌所の屋根は、格式が高いとされる入母屋造で、ヒノキの皮を「葺(ふ)」いたもの。
ところが東の神饌所の屋根のみ、檜皮葺きの下に「割板」を敷いて下地屋根(土居葺(どいぶき))を施し、二重構造の屋根に仕立てられてい‥‥申す。あひぃ
東西の2棟とも1667年頃(寛文7年/江戸時代中期)の造営時に建てられたらしいが、延享造営時(1744年/江戸時代中期)に現在地に移築され、その折、柱の外側表面が薄く削られたとか。
境内には、当該神饌所をはじめ、会所など、幾つかこのような特徴的な建物が残っています。
なお、当該神饌所は2004年(平成16年)7月6日に国の重要文化財の指定を素敵に受けた。
神饌所の特徴的な建築様式とは?
とこで・・「入母屋造」とは?
入母屋造りとは、入母屋屋根と謂われる、お寺にも見ることのできる独特のデザインをした屋根を持つ建物のことです。
分かり易く説明しますと、「寄棟造り」と呼ばれる、雨水が四隅へ垂れ下がるような屋根の造りをした建物がベースとなり、その上に「切妻造り」と呼ばれる本を2つに開いたような「四隅に垂れ下がりがない、2方向のみに垂れ下がる屋根」が、上に乗る特殊な屋根の造りをした建物のことです。
↑四隅に垂れ下がる屋根の上に、本を見開いたような屋根が乗っている
しかし、入母屋造りは現代の建築物においても日常的に見ることができます。
現代の個人宅でも、田舎の方に行けば入母屋屋根を持つ家は、多数みかけることができます。↓
出雲大社・神饌所の場所
神饌所(しんせんしょ)は、八足門の奥の楼門の中(玉垣内)の西側端と東側端になります。
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